白骨とアンレール


「本当にこれで良かったのかしら」


 ほつりと少女が零した。白い空間に柔らかく蕩けるように消えた言葉は、けれども同じく白く柔らかな毛並みを持つ小狐丸の元にはしかりと届いた。


「これで、とは?」


 小さな子供をあやす様な優しい言葉で問えば、少女は困ったように首を傾けた。


「全部の、こと?」

 少女は輪郭をなくした言葉に疑問を抱えるようにして、瞬きを幾つか落とした。これは殆どこの少女の癖だ。例えば不安を感じている時に、例えば何かを隠したがっている時に、例えばその場を読むようにして、思考の隙間を埋めるようにして、その青灰色の瞳を隠したがる。小狐丸はそんな少女の指先を拾い上げれば、背中を抱えるようにして腰を下ろした。少女がそれを見て、小狐丸の指先を摘んで揺らす。特に意味はないのだろうその行動を、小狐丸は咎める事はしなかった。


「例えば?」

 ううん、と少女は軽く唸る。

「新しい子が来た事、とか」


 静かに続いた言葉に、小狐丸は内心で緩やかな安堵を零しながらも、真似するようにして首を傾けた。


「嗚呼、薬研藤四郎という刀の事ですか」

「うん。鶴丸から、この本丸には合わないのではないかって言われた。戦いたい子だからって。でも、兄さま……一期の兄弟刀だって」


 確かに、その時に小狐丸はその場所にいた。なりは小さいが度胸がある人のように見えた。その小さな子供にも似た身体を持つ刀は確かに、この場所には馴染まぬかもしれない。けれども、この本丸への顕現を承諾した時点で、少女とその刀の間には何かしらの契約がなされている筈だ。つまり、少女もあの刀も、どちらもその契約を承諾している筈。そうでなければ少女が拒めばこの本丸に足を踏み入れる事はできず、刀が拒めば少女はその刀を手にする事はできぬだろう。故に、馴染むだとか、馴染めぬだとか、そういう問題ではない。契約とは即ち、互を許す事なのだから。小狐丸は一度、ふむと考え込むように一寸間を置いたあと、言葉を選ぶようにゆっくりと声を紡いだ。


「確かに、我々は刀。戦のための道具ですから、そういった衝動がある物がいてもおかしくはありません。寧ろ、それが正しい衝動と言ってもいいのかもしれませんね」

「小狐丸も、そう思うことはある?」

「私ですか。……さあ、どうでしょうか。私も刀の付喪神。全くないと言えば嘘になるかもしれません」


 今度は少女がふむ、と考え込むようにして固まった。何度か指先がぱたぱたと揺らして、間を詰めるようにしてどこかで時計の針が進む音が聞こえる。小狐丸はのんびりと続けた。


「ぬしさまは、何か思うところがあるのですか」


 少女はそれを肯定するように瞬きをひとつ落とし、肩口越しに一度だけ小狐丸を振り返る。ぱた、と狐の耳にも見える髪が揺れたような気がした。少女は静かに言葉を待つ小狐丸を一寸、見つめた。そうして静かに背を向け、預ける。


「……自信がないの」

「はい」

「本当にこれで、良かったのか。何も間違いではないのか」

「……」

「何が良い事なのか、どうするべきなのか、分からなくて不安なの」


 どこかぼんやりとした曖昧な声色が、白く塗りつぶされた部屋の中に漏れた。割れてしまったスノードームのように、温度の変化もない、ただ壊れてしまっただけの事実だけが転がっている。それは殆ど無であって、結果のようでもあった。少女は悲観する様子も、悲しむ様子も、焦る様子もないまま、ある種不自然な程空っぽな状態でただそれだけを呟いた。


 小狐丸はこの本丸の、数番目に来た刀だった。数番目というのは、小狐丸がその際にすでに居た刀の本数を理解していなかったから、正確な数字は分からない。ただ幾らか本丸が起動し始めてから来た刀だった。けれども小狐丸が知る限り、この本丸は小狐丸が訪れた時から、殆ど機能不全だった。恐ろしい程、誰ひとりとして気がついていないようだったけれど。恐らくこの度来た新しい刀も、本能的にそれを汲み取ったのだろう。

 この場所が歪である事は、きっとこの場所に居るもの以外ならば直ぐに気が付く。けれど、この場所にいる物にそれが難しい事は、小狐丸自身が実感していた。まるで穴があいたおもちゃ箱のようなこの空間が、あまりにも歪な事を、恐らくこの本丸の誰よりも、この小狐丸が理解していた。理由は余りにも単純で、そうして愚かで、慎ましやかに悲しい。だからこそ小狐丸は少女の事を無下にすることはできなかった。


 小狐丸は、自分がこの場所に来た時の事を、はっきりと覚えている。


「小狐も、良くはわかりませぬ」


 小狐丸の言葉に、少女は緩やかに視線を上げた。それをよしと思ったのか、小狐丸は柔らかく笑みを口元に浮かべた。


「ぬしさま。小狐は、選択という行動に間違いがあるとは思わないのです」

「……どういうこと?」

「例えばぬしさまが、今日は白い靴を履こうか、赤い靴を履こうか迷っていると致しましょう。どちらも大変可愛らしくて、ぬしさまにぴったりの御靴です。ぬしさまは、どちらを履くのが正解だと思いますか」


 少女は瞳を丸くした。天井を見上げれば真っ白。答えが浮かび上がる様子は無い。時折瞬きをすれば明るい中で星のような金色の粒が、ちかちかと光るような気がした。


「白い靴だと汚れてしまうかもしれないわ」

「でも白い靴なら、きっと砂浜を歩くのにぴったりでしょう。揺れる波の音も、貴方の高鳴る心音と同調して、いつもよりも美しく聞こえる筈です」

「赤い靴だと目立ってしまって、お洋服と合わないかもしれないわ」

「でも赤い靴なら、きっと貴方の歩く道に小さい恋を落として下さる。レンガの道を歩く貴方の足音が愛らしく響くように」

「…………」


 少女のふくれ面に、小狐丸は思わず軽く笑い声を落とした。失礼、と添えながらも何一つ失礼だなんて思っていないんだろうな、という事は、小狐丸のその声色から少女にバレていた。小狐丸はそれを理解しているのか、いないのか。機嫌を取ろうと誤魔化すようにして近くに転がっていた小さなテディベアを揺らして見せた。少女が赤子の頃に両親から貰った、古汚いぬいぐるみだった。


「ぬしさま、選択というのは、時として物事を歪めます。良くも悪くも。小狐は、貴方の選択の全てが正しいとは言えませぬ。貴方の選択の全てが誤りだったと言えないのと同じく。けれども人は、選択したあとにより良い方向に向かわせる事ができます。例えば白い靴を汚さないように気を付けようとか。赤い靴にお洋服の色を合わせようとか」

「…………」

「例えば貴方が選択を、誤ったと思った時は、そうやってより良い方向へと導けば良いのです。貴方がそう願えば、願うだけ、物事はより良い方向に進みます。ですから小狐は、選択という行動に間違いがあるとは思わないのです。全ては後から正す事も、戻る事も、そうしてそのまま進む事だってできるのですから」


 少女はぱたりと瞬きを落とした。同時に天井の星がちかちかと光った。


「……じゃあ、私が、バレエを辞めた事は、どっちだったのかな。どうすればよかったのかな」


 小さく震えるように落ちた言葉が、ただ痛々しかった。小狐丸には、それがまるで小さな子供の泣き声のように聞こえた。肯定して欲しいような、けれども否定的な言葉だった。もっと感情を顕にして、うわんうわんと空気が震えるまで泣いてしまえばまだ子供らしいのに、この少女はその方法を知らないのだろう。泣く事は殆ど人の本能だ。けれども泣かないという選択も、殆ど人の本能だ。大人が子供になってしまったのか。子供が大人になってしまったのか。

 この少女は、泣く事を許されなかったのだ。だからこの子は、うわんうわんと声を上げて泣く事すら知らない。それがこの場所では許されているという、簡単な事実にさえ、気が付けていないのだ。ただ味方しか用意していないはずの、少女の世界の中ですら、少女はどこか怯えるようにして言葉を選んでいた。それが後から訂正できるように。その選択を取り消せるように。少女は肯定という、人として当たり前の権利ですら手探りで探そうとしているのだろう。見た事もない星の形を追うようにして。漸く消えかけるような言葉を、この少女は吐き出したのだ。


「…………」


 ふむ、と考えるようにして小狐丸は息を吐いた。少女を真似するようにして天井を見上げれば、金色の粒のような物がカーテン越しの光を受けてちかりと光ったように見えたが、小狐丸の瞳にもそれが何であるかはわからなかった。


「ぬしさまは、能をご覧になったことはございますか」

「のう?」

「はい。古くから伝わる演劇のような物だと思って頂ければ容易いかと思います。小狐はその物語の中で打たれる刀にございます。いわば小狐の住まう場所、帰る場所。それがその舞台の上にあると言っても過言ではありますまい。小狐はそうして、人々の言葉と物語の中に生きてまいりました」

「……」

「けれども、それも一度危うくなる事がございました。戦、……戦争にございます。戦争は人々の暮らしから命を奪い、豊かさを奪い、娯楽を奪いました。死ぬか生きるかを怯える日々の中で、娯楽である演劇を継ぐ事は現実的ではありませぬ。世間様もそれを認めるわけにはいかなかった。男は戦争に出向き、女子供はただ震えるしかなかった世界で、選択など存在しなかったのです。現に、これを堺に世界から消えた物もございます。人々の口上から消えて行き、そうして忘れ去られた物もございます。この小狐も、いつ消えるかなどわからなかった。それが戦争。悲しき理由。……ぬしさまと同じく、人々が選ばざるを得なかった選択肢」

「……小狐丸」

「小狐は幸運な事ながら、人々の言葉の中にひそりと生き残る事ができました。それから少しずつ、消えた物を惜しむ事もしないままに、能という伝統は生き続けてきたのです。……人の一生とは、いつも理不尽な物にございます。時には選ばれ、そうして、時には選ばれぬ。小狐がこうして生きている事も、生きる事に選ばれ、死ぬ事に選ばれなかった。ぬしさまも、同じなのではないですか。貴方も理不尽に選ばれ、そうして、理不尽に選ばれなかった。けれども、貴方が選ばれた事も、選ばれなかった事も、全てが全て、貴方のせいではないのです」


 じじ、と音を立てて白熱電球が光を消した。元より点いているのかも分からない程度の光は、けれども少女の瞳の奥を焼くのには十分だった。驚いたように瞳を丸める少女を、小狐丸は頭をぽんとひとつ。撫でるように乗せる事で心臓を和らげようとしていた。


「しようがなかった。貴方は、そうするしかなかった。それを責める必要はないのです。なにひとつ。貴方はそれを愛していた。貴方はそれを手放したくなかった。その現実すら否定する必要はどこにもないのです。貴方がそれを忘れなければ、それはいつまでも貴方の物なのですから。捨てる必要など、否定する必要などないのです。……私はぬしさまの舞いが好きでした。愛らしい妖精でも、迷い込んだのかと初めは思いましたが」


 少女はその時、一度ふつりと思考を止めた。伸ばしていた足先が軽く揺れて、動揺でそれがまたぴんと伸びる。


「い、いつみたの?!」

「さて、いつでしたか……確か小狐がここに来て間も無くの頃だったかと」

「そんなに前!」


 きゃあ、と悲鳴を上げるような少女に小狐丸はくつくつと笑ってみせた。気恥ずかしさに溺れるようにして両手で顔を覆う姿を、小狐丸は後ろからのんびりと眺めていた。じじ、と音を立てて白熱電球が熱を帯びる。まるで少女の心内を表すみたいにして。小狐丸はそれを眩しく思うように、瞳をのんびりと細めた。


「見ていたのなら、見ていたと言えばいいじゃない!」

「余りにも愛らしい姿でしたから」

「意地悪!」

「悪意があるわけではないのです」


 そつなく言ってみせる小狐丸に、少女は胡乱げに瞳を細めた。肩をすくめて、のろのろと後ろを振り返る。ぱたりと瞬きを落とす小狐丸に、指先で狐の面を作って見せれば、目の前でコンコンと鳴いてみせる。


「……野生ゆえ?」

「いいえ、今は飼い狐ゆえ」


 指先で狐の手遊び、小狐丸も真似してコンと鳴いてみせる様に少女は軽く頬を膨らませた。そういえば逃げられると思っているのだろうと視線で訴える様に、小狐丸は髪先にも耳にも見えるそれをふわりと揺らして見せた。


「小狐は好きでした、ぬしさまのばれえが」

「……それはぬしさまだから褒めているの?」


 ふくれ面で溢れる言葉は、漸く我が儘な子供のようだった。絵に描いたような小さな姫君。親の服を引っ張る子供。可哀想に、その子はまるで無菌室の中でしか生きていけないのだ。こうやって当たり前のようなやり取りも、この子はこの部屋の中でしか、許されない。


「貴方様だから、褒めているのです」


 その言葉で笑った顔は、ただごく普通の、子供のようだったのに。



              ***



 風に乗る砂粒が瞳に混ざったような気がして、小狐丸は瞼を落とした。指先を目元に寄せて、感覚を確認するように瞼を震わせる。一度、二度と恐る恐る細かな瞬きを繰り返したあと、漸く瞼を持ち上げた。

 そこは廃墟だった。丘の上、人の住んでいた跡地、国境を隔てた他所に憧れたような作りの建物と装飾が目立つ、土壁とレンガで出来た過去の場所だ。狭い場所を有効活用するようにして建物は縦に伸び、最先端技術から遠のいた不便な暮らしは余計に階段を伸ばした。人がそこを捨てるのもしょうがない。美しいその場所はあまりにも住むには適していなかったのだから。最も、もう少し到着が早ければ、この場所も廃墟にならずに済んだのかもしれない。大量の血も、理不尽な暴力と殺戮もなかったかもしれない。もしかすればこの土地で、新しい命が芽吹き、未来に繋がっていったのかもしれない。それでもこの場所を救う為に過去に戻る事は許されない。この土地は恐らく、歴史解釈の中のひとつとして、大きな大河の中で緩やかに肯定されていくのだろう。


「…………」


 いびつな形にひしゃげて、今にも折れてしまいそうな細い柵に、小狐丸はその身体を預けていた。時折重心を傾ければぎぃと悲しげに鳴くような音がする。小狐丸らがここに来るまでは恐らく、美しく整頓された柵だったのだろう。鉄製も虚しく、その細身の身体はどうにも今後役目を果たせそうにはなかった。


「ほぅら、そんな事では落ちてしまうぞ」


 のんびりとした声色に、柵が軋む音がする。小狐丸はその声の主を振り返らないまま、景色に手向けるようにして言葉を落とした。


「貴方はまだ残っていたのですか、三日月」

「うむ、一期一振らとはぐれてしまった」

「……」

「だから、お主が帰る後をついていこうかと思ってな」


 得意げに零すその言葉に、思わず小狐丸は恐る恐ると振り返った。三日月はその姿にはしゃぐようにして、人差し指と中指を歩くようにして交互に動かしてみせる。小狐丸が三日月の辺りに視線を泳がせた所で、同じ部隊の仲間の姿は無かった。最も、先に帰ってくれと言ったのは小狐丸で、居る方がおかしいのだ。小狐丸は毛艶のよい、白骨のような髪をわしゃりと掻いて眉を潜ませた。


「やれ、部屋の外に出るというから何事かと思っていたら」

「主が出陣だというから来たまで」

「迷子になるとは聞いておらんぞ」

「なろうと思ったのではないのだ、結果なってはしまったが」

「屁理屈じゃ」

「なに、けれどもお主がおるから、迷子ではない」


 ふふん、と偉そうに鼻息を零す三日月を、小狐丸はじとりと湿った視線で見つめた。心なしかへたれた耳元を髪の中に隠しながら、無意識に腰に携えた得物に手のひらを掛けた。見下ろす景色は代わり映えのしない人の住む場所。けれども覚えていれば少しは少女に語る手土産となるだろう。小狐丸はそれをもう一度静かに見下ろしたあと、記憶するように緩やかに瞼を落とした。


「では、もう帰るか。あまり長居はしてられん」

「どこへ」

「ぬしさまの元に決まっておる」

「なぜ」


 三日月の言葉に、小狐丸は思わず瞳を丸めた。三日月はきょとんとした風貌のまま首を緩く傾けてみせる。丘の上に吹く囁かな風が、その美しい神様の髪先を柔らかく撫でた。吹けば消えてしまいそうな神様が、どこかあの小さな少女と重なって見えた。


「お主は縛られておらぬのだろう。あの子に」

「……何を言う?」

「本当の事を。そこまで縛られておらぬのならば、お主はあの場所に帰らないという選択肢だって取れる筈だ。主には俺が口利きしておく事もできる。お主はこの場所から、お主の望む場所に帰る事ができよう」


 小狐丸はぱたりと瞬きを落とした。三日月の言葉を何度も飲み込むようにして唇を軽く動かす。けれども次第に、それを砕くように少しずつ、肩の力が緩やかに落ちた。急かすようにして動かしていた思考も、緩やかに落ち着いていく。それは呪いではない。小狐丸がただ柔らかく現状を理解したというに過ぎなかった。


「……私が、ぬしさまに縛られていないのは事実。けれども、私が自らあの場所に帰ろうとする意思もまた、事実」

「その心は」


 静かに落とした瞼の裏、思い描かれるのは白い部屋の中だった。青色を塗りつぶされるように塗れた、人工的な白色。小狐丸は柵の向こう側の街を見下ろした、どこまでも様々な色が混じり合い茶色く濁った、それは人の暮らす色だった。


「確かに私は縛られなかった。元より、私は呼ばれなかった。あの子が呼べなかったが故に。あの子は、自分が求める物の名前すら知らなかった。だからあの子は、その想いで何者も縛れなかった。強い想いに代わりないが、それはあの子をただ絡め取るばかりじゃった。私から見れば、まるで光の中に落ちた陰りのようじゃった。迷子の赤子のようでも、亡霊のようにも見えた。沢山の声が響く中で、あの子だけが異様じゃった。ただか細く鳴く、死者の声のようにも聞こえた。誰もが耳を貸さなかった。あの子の歪さに皆が気づいていた。……だから応えた。私が、あの子の声に応えたのだ」


 三日月が静かに瞼を落とす。同じくして吹いた風が、柔らかな白骨色の髪を重く揺らした。


「……それが、お主がここで異様に正常な理由か」

「さあ、何を嗅ぎつけているのかは知らんが。私は私の意思であの子の傍にある。縛られてはいない。縛られてはいないからこそ、私はあの子の傍にあるのかもしれぬ」

「何故そこまでして、あの子の傍にあるのだ」

「……三日月宗近」

「芯は同じよ。だからこその問い。勘違いはするな」


 胡乱げな視線を特に気にするわけでもなく、三日月は口角を柔らかく釣り上げた。その手のひらが腰の得物の上にある事を知り、小狐丸は大きく空気を吸い込んで、そうして吐いた。埃っぽい風の匂いが、体中に充満してしまったようだった。


「……哀れに思ったのかもしれぬ。消えかけた過去の自分と重ねたのかもしれぬ。他意は無い。ただ、私が手を伸ばさなければ、この人の子はいつまで、この怨念のような声で、名前も知らぬ物を求め続けるのだろうかと思うと。哀れで堪らなかったのかもしれぬ。人間に恩を返そうと思ったのかもしれぬ。理由はどれか分からない。けれど、居てやらねばと、思うたのだ」


 その言葉に、三日月は静かにその夜闇がたゆたう瞳を伏せた。


「役割は果たせそうか」


 三日月の言葉に小狐丸はゆるりと首を傾けた。


「さあ、どうじゃろうか。親御など、私もあった試しがないゆえに」


 細めた瞳が、白骨色に流血を走らせる。撫でるように吹いた風が一瞬強く吹き荒れたかと思えば、その場所からたった一言の音を連れ去った。



「哀れじゃろう。あの子は両親からの無償の愛も知らぬのに、それを神に祈るのじゃから」







Mary had a little bird,

メリーさんの小鳥は

Feathers bright and yellow;

明るくて黄色い羽

Slender legs, upon my word,

脚が細くて それはそれは

He was a pretty fellow.

素敵なやつなんだ

The sweetest notes he always sang,

甘い歌声は いつも

Which much delighted Mary;

メリーさんをうっとりさせる

And near the cage she’d ever sit,

メリーさんは籠にしがみついて

To hear her own canary.

カナリアに耳を傾けるんだ

acttic

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